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2016.10.03 Monday

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2016.10.03 Monday

村田沙耶香『消滅世界』に関するメモ

※読了後のメモなのでネタバレあります!!

 

 

 

 

 

 

 

出産をコントロールされて生きる人々は根源的な意味での人間ではなくなり、世界は消滅してしまったも同然

ということなのではないか。

現在の日本でも政府が出生数や生き方をコントロールしようとしており、少なくとも日本は消滅への道を歩んでいるのではないか。

 

消滅は発生も示唆しており、新たな生き方等を模索せよというメッセージなのかも。

世界なんか消滅しちゃえ〜という雰囲気もあるがそれはそれでOK。

 

村田さん、すばらしすぎる。。。。

 

 

2016.09.20 Tuesday

『パラレルキャリア──新しい働き方を考えるヒント100』 ナカムラクニオ

ナカムラクニオさんが経営する6次元(ノーベル文学賞受賞者発表前に村上春樹ファンが集まることで有名)は

イベントの時に伺ったことがあるのですが、「こういう空間が地元にもあればなぁ!」と思える素敵な空間でした。

適度な明るさの店内に木のあたたかみが残るテーブルとイス、壁際の本棚には様々な書籍がぎっしりと詰まっていて

まるで本好きの友人宅に遊びに来たような気持ちになりました。

 

そんなすてきなブックカフェを経営されているナカムラさんがパラレルキャリアという新しい働き方、

というか昔からある働き方を紹介している著書があるのでご紹介します。

 

 

これからは「副(福)業時代」になるということをおっしゃっていたのですが、それは私もぼんやりと想像していたことで

そのことをわかりやすく例を挙げながら紹介してくださっています。

生活するための仕事の他に趣味や生きがいのための仕事を持って自分らしく生きていきませんかという提案です。

今、会社で働いていて貯蓄しながら定年まで勤め上げて悠々自適な老後を過ごそうと思っている方にとっては

「何を夢みたいなこと」と思うかもしれませんが、今の働き方に限界を感じていたり満足していない方にとっては

これからの生き方の指針のようなものが見つけられるのではないでしょうか。

 

複数の仕事を持って生活する「パラレルキャリア」は私が大好きな岡本太郎さん、村上春樹さんも実践していたことですし、

糸井重里さんなんかもそうなのではないでしょうか。

食べるための仕事、人生をかけた仕事、趣味を活かした仕事の3つの仕事を持って生きていくことは一見大変そうに見えますが

実現したら充実した人生を送ることができるでしょう。

 

私はもともとロングスリーパーで満員電車や人混みが苦手で、短時間の睡眠や電車通勤が原因で体調を崩して

何度か職を変えています。

体力がないせいだとか努力が足りないと思っていましたが、大好きなテーマパークは混雑した日に1日中歩き回っても

疲労は感じても体調を崩すことはありません。

泊まりで2日間連続でテーマパークに行ったこともありましたが2日間でとても楽しめました。(もちろん睡眠はたっぷりとりました。)

そこで短い睡眠時間や満員電車で通勤する働き方は私に合っていないのだと気づきました。

常々自宅の近くで自分のペースで働きながら好きなことしてゆるく生きていけたらなと思っていたのですが、

この本を読んでそのために何をしていけばいいかもわかりました。

 

 

突然ですが、私の理想の働き方は小説を書きながら体力の限界までゆる〜くブック・カフェを経営することです。

「夢みたいなこと言ってる」と思うかもしれませんが、夢とか理想くらい自分のブログで語らせてください。

なんたって語るのは「タダ」ですから。

 

「図書館のようなカフェ」というのがコンセプトで、私が選んだ本をジャンルを問わず置いて可能なら古本の販売、

ギャラリーとしてスペースを貸出し、雑貨なども販売できたらなと思っています。

大きな音が出なければライブなどもできたら楽しいでしょう。

実は私はお菓子やパンを作ることが好きで、シフォンケーキとパウンドケーキなら人にプレゼントできるくらいのものが

作れますし、コーヒーもハンド・ドリップでそれなりの味にいれることができます。

カフェインをとりすぎると体調が悪くなる体質なので、カフェインレスのドリンクもメニューに入れたいですね。

食品衛生責任者の資格は持っていますし、来年には調理師免許の資格も取得できそうなので私がその気になって

資金とスタッフさえあればいつでも営業がはじめられそうです。

店で出したいコーヒー豆の仕入れ先もいくつかありますし、食事のメニューのアイディアもあります。

 

出店場所は具体的には考えていませんが、できれば今の居住地近く、つまり千葉県内での営業を考えています。

車がないと生活が難しいし、都内に行くのも時間がかかるし、不便なことも多いですが、

適度に自然があって静かで、野菜がおいしく安価で手に入るし、都会に比べれば家にしろ店舗にしろ家賃も安いのが魅力です。

 

問題は集客です。

千葉県内の家賃が安くやや不便なところに店舗を構えてもお客さんが来なければ営業を続けられません。

不便なところに店を構えるのならそれなりに宣伝やお客さんが来たいと思える魅力が必要です。

それにロングスリーパーの私が1人でカフェ営業をするというのも無理な話です。共同経営者かスタッフが数名必要でしょう。

ゆるく細く長く営業が続けられるカフェを目指しています。

 

今すぐには実現できないことですし、違う働き方に魅力を感じるようになるかもしれませんし、資金やスキル等の問題で

実現しない可能性もありますが、この働き方を妄想しながら日々過ごしています。

すごく楽しいし、生活にハリが出るんですよ。

 

 

2016.09.14 Wednesday

村田沙耶香さんの世界観

お久しぶりです。気が付けば1年以上放置しておりました。

 

細々と創作活動は続けていまして、Twitterではご報告したのですが昨年は群像新人賞に応募し、

見事に一次も通らずに終わりました。2度確認しましたが紛れもない事実です。

これが今の私の実力ということで認めるしかありません(実は一次は通るな!と思ってました(恥))

 

今年度はファンタジー要素を取り入れた作品を書こうと準備をすすめております。

残念ながらこちらで公開する余裕もなさそうですが、これからもこちらで創作活動のアレコレを

書いていけたらなと思っていますので、よろしくお願いします。

 

最近、村田沙耶香さんの『消滅世界』と『コンビニ人間』を読んでかなり刺激を受けました。

いい意味で狂ってる感じに好感が持てましたが、「今頃芥川賞ですか」というのが正直な感想です。

私もあれくらい自分の世界観を確立できたらなぁと心から思いました。

村田さんの作品がこれからどうなっていくか非常に楽しみです。

 

これから書こうとしている作品は文学なのかファンタジーなのかよくわからない設定なので

応募する賞に迷っていたのですが、村田さんの小説を読んで

「これはおそらくファンタジーだ。仕上がりによってはSFもいける!」と自信が持てました。

こういうタイミングの良さというのはポジティブに受け止めて前進するのみです。

これからもコツコツと書き続けていきたいです。

2015.09.09 Wednesday

忘れないよ

4月に実家で飼っていた犬が死んでしまいました。
悪性腫瘍でした。
 
亡くなる前日に会いに行ったのですが、帰るときに珍しく犬がじっと私を見つめていました。
(たまに見つめていることはあったのですが、普段は私が帰るときは少しスネて興味がないフリをするんです。)
「もう行っちゃうの?行かないで」という視線だったのかもしれません。
その日は実家に泊まればよかった、もう少し長くいればよかった、もっと撫でてあげればよかった
などと後悔の言葉を口にしたらキリがありませんが、生前は私の最大限の愛情を注ぎながら一緒に過ごしたと思っています。

犬って、ラブラドールって愛情のカタマリです。
簡単に抱けるくらい小さな頃から育てて母親気分だったけれど、気づいてみたら私の方が愛されて、育てられていました。
ベル、あたたかい愛をありがとう。12年と3か月、すばらしい時間をありがとう。

はぁ、やっと書くことができました。


年始にでかい口を叩いておいてブログは更新していませんが(待っている人はいないと思いますが、すみません)、
近頃は年内の締切に向けてコツコツと小説を書いている日々です。
ちょっとこれは早く仕上げないとという意味合いを持つ内容になってきたので、不恰好でも最後まで
書き上げて応募したいと思っています。

余裕ができたらまたこちらで何か書けたらと思います。
2015.02.25 Wednesday

文学的インプットとアウトプットを考える

お久しぶりでございます。
約1年ぶりの記事ということになります・・・。
今年は1か月に1回ネタがなくてもつまらなくてもエッセイ的な文章か短編を書く
ということを目標にかかげます!!
かかげるだけはタダです!!
できるだけがんばります!!

というわけでね、皆様いかがお過ごしでしょうか。
私は厄年を無事終え、粛々と後厄の1年を過ごすわけですが、年始に大吉も引いたことですし
なんとかなるかなと思います。
昨年は小説をほったらかしにしてシフォンケーキを極めたり、パン教室に通ってパン作りに燃えたり、
USJのハリー・ポッター・エリアで大興奮したりといろいろと楽しく過ごしておりました。
そして、脂肪も蓄えつつあり焦りを感じております・・・。年齢のせいにしていはいけない!

三十路も過ぎると身近な友人たちには楽しかったり楽しくなかったりする人生のイベントを
迎えるわけですが、いやぁ、この数年はいろいろ考えさせられたり、私自身のことで
悩んだりすることがたくさんありました。
それで小説を書くどころではなかったというと言い訳になりますが、インプット多き日々だったと感じています。

今年はそろそろ文学的インプット、アウトプットをきちんとこなそうと気持ちを引き締めている次第です。
とりあえず、『村上さんのところ』に何通かメールを送り、『フラニーとズーイ』を買い、図書館通いも
本格的に開始しました。読んでいない本がたくさんある生活はなんだかワクワクします。
こんな適当な創作活動をしている私ですが、何かしら文章を書く仕事ができたらという目標は持ち続けていますし、
たとえプロになれなくても小説は書き続けると思うのです。
そういう創作活動に意味はあるのかと自問自答することもありますが、ケーキを焼く人間がすべてケーキ屋に
なりたいかと聞かれればそれはNOであるし、身近な人のためや自分のために生涯ケーキを焼き続けることは
すばらしいことだと思うし、誰もそれを禁止することはできないと思うのです。
私はそういうスタンスで小説を書くこともありなのではないかと感じているところです。
それは逃げだとか才能がないことを正当化しているだけじゃないかとか言う人がいれば
「そうかもしれないですね」と言うしかないですし、それでも私は静かにパソコンや紙に向かって
コツコツと書きたいものを書くだけです。
だって私が何を書こうと自由じゃないですか。ねえ?

とりあえず小説を応募するのはやめないつもりです。
近頃は新人賞に応募する作品はネットなどで発表した作品は除外するなんて注意事項がありまして、
引き出しが少ない私はこちらに公開できる機会が少なくなってしまうことが予想されますが、
お時間があればたまに覗きにきていただければ嬉しいです。


写真は昨年行ったUSJのホグワーツ城です。
アーリーなんとかを駆使して2日間アタックするほどハリー・ポッターを愛しています。
とりあえず、次はハリー・ポッター愛を語る記事を書こうと思います。
ちなみに本は全部初版で持ってます!
愛しすぎていて終わってしまうことが受け入れらなくて、最終巻は昨年やっと読み、
映画はまだ最後まで見てなかったりします。
だって終わってしまうのがつらすぎるんだもの・・・・・!

2014.02.09 Sunday

濃密な時間

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
遅すぎますね(笑)

年末年始はちょっとバタバタしてましてあっという間に過ぎてしまい、
最近はちょっとぼんやりしています。
年度内にまた1本小説を書いて投稿しようと思っているので、
こちらに小説をアップすることもしばらくないと思われます。

昨日は関東ではすごい雪で、夜に外を見たら違う間所に来てしまったのではないかと
錯覚するほどの幻想的な景色が広がっていました。雪ってきれいですね。


誰も気にしてないかもしれませんが近況報告など。

・今年は手帳を2冊にし、1冊は完全なスケジュール管理用として、もう1冊は思ったこと
感じたことなどを自由に書く手帳兼ノートのような感じで使うことにしました。
なんだかこれだけでクリエイティブなことがどんどんで来そうな気配(笑)
いや、月ごとに目標を書いたり、長期的な計画を立てたり、お金や体調の管理をしたりして
自分自身を作り上げていくような感覚がとっても楽しいです。
2冊の手帳を使いこなしてますます小説にも打ち込めればなと思っています。

・やっとガラケー卒業しました。
3年前くらいに当時使っていたスライド式が壊れて、ポイント利用で手に入れた携帯がダサい二つ折り。
これが意外と手に馴染んで雑な私の扱いにもタフに堪えぬいてくれ、電池のもちも申し分なく、
外で調べ物をするときに苛立つくらいで問題もほとんどなかったのですが、昨年10月くらいから
画面に黒い線が現れるようになり(何度も落としすぎ)、その線が紫色に変化しはじめたので
「こりゃいかん」と思ったのですが、それからさらに2か月くらい使ってました(笑)
数日前にえいや!と家から一番近い携帯ショップに入って「iPhoneください」と契約してきました。
もう親がいなくても携帯買える年齢なのだからもっと早く行っていればよかったかもしれません。
新しい携帯快適ですが、今でもつい二つ折りの方を使ってしまいます。少しずつ慣れたいです。
(愛着のある二つ折りは携帯を持ったことがない父が受け継ぐ予定です。)
ところで、iPhoneってWi-FiないとiCloud使えないんですね・・・。意外と高くなってびっくり。
二つ折りは最安で6000円くらいだったのにね。

・厄年というやつがきてしまったみたいです。
あまり気にしてないのですが、まわりがうるさいので厄除けのお守りを買ったりしてみました。
厄年といわれても私自身には厄らしいものはきていないようなのですが、
身近な人がトラブルに巻き込まれたりして精神的に疲労したり、いろいろ考え込んでしまうことが
最近多いように思います。
つい最近まで例の手帳が毎日真っ青になるまで(思ったことは青いボールペンで記入しています)
書き綴っていたのですが、考えたり書いたりすることも大切だけれど、行動すること、
つまり今できることを考える前にすることも大事なんじゃないかということに気付いたわけです。
あと生きること自体を丁寧にやっていくことも。
小説もああ書きたいこう書きたいどうして書けないと考えるより、毎日書きゃいいんです。
それも何年も前からわかっていたことなんですが、なかなか毎日実行するのはむずかしい。
毎日少しでも、たった数行でもいいので小説を書くこと、できればはじまりと終わりのある
ストーリーをひとつでも多く書くことを目標に今年も日々丁寧に過ごしていきたいと思います。
そうしていれば厄も吹っ飛んでしまうことでしょう。

2014年になって1ヵ月くらいだというのに濃密な時間を過ごせています。
今年は濃い年になることでしょう!!
2013.11.11 Monday

『劇場版魔法少女まどか☆マギカ[新編] 叛逆の物語』を見てきた

■完全にネタバレありますし、私の個人的解釈も含まれます。■
知識もハンパなので、ふーんという感じで読める心が広い方だけお読みください。
















このアニメのテーマってルサンチマンだったのね!!

わー!私頭悪い!!今頃気が付いたという感じです。
もともとニーチェもじっくり読んでないせいもありますが・・・。

このアニメは現代社会を色濃く反映し、女性は強く生きねばならないというイメージの
押しつけに苦しむ少女たちの葛藤と成長を描いたものだと個人的には思います。
現代の女性は強く、同時にかわいらしく、恋愛し、家庭を持ち、子どもを産み、
仕事もしなくてはいけないという強迫観念を持ち、周りも無意識にそれを求めているのではにでしょうか。

しかし、まどかの存在は強さというよりやさしさを感じ、魔法少女の救世主であり、
魔法少女になる願いも自分のためではなく誰かのための願いであり、
すべてを受け止める母性の象徴のように描かれています。
あなたはあなたらしくていい、どんなことも許すというような包み込むような愛情、
それを感じたからこそほむらは彼女を救いたかったのでしょう。
まどかの存在は母性という象徴の押しつけのようにも感じるのですが、
さやかや杏子の子どもっぽさと少年っぽさを取り入れることで中和されています。

そして、これはかなり個人的な思い込みに近いと自覚しているのですが
弱さや繊細さが強かったり、葛藤がある魔法少女はより現代的で殺傷能力の高い武器を
使っているのではないかと個人的には考えています。
マミとほむらは銃など魔法少女らしくないものを多用しており、繊細さも目立つように感じます。
反対にまどかは魔法少女らしいデザインの弓で、矢も刃物の面積が小さくデザインがかわいらしいです。
さやかや杏子は接近戦に有利な剣ですが、マミとほむらの武器ほど殺傷能力も高くないように見えますし、
私の考える属性(子どもっぽく、少年っぽい)の2人なので武器にも共通点があるのではないでしょうか。

また、このアニメはほとんど恋愛の要素がないのも特徴です。
序盤はさやかは恭介に片思いをしていましたが、彼の手を治ることを願って魔法少女になり
結果的に友人に譲る形になったようです。
少し強引な結論付けになるかもしれませんが「少女は異性と恋愛しなければならない」という観念からも
解放してくれたのではないでしょうか。
または繊細な少女たちは恋愛に目を向ける暇がなく、常に何かと戦っているのかもしれません。

このアニメの中の「魔女化」というのは「ルサンチマン状態に陥って二度と這い上がれない」
ことなのかもしれないと思っています。
この結論に到達したところで私の電池切れです(笑)
中途半端な分析になりましたが、再度テレビ版や映画を見て何かわかったら書いてみたいと思います。

ところで、魔法少女というのはいつごろから戦うようになったのでしょうね?
私が子どもの頃の魔法少女ってアイドルに変身したり、オトナの女性に変身してワイワイして楽しい感じだったのに。
今はあんなにかわいいプリキュアだって戦っています。
ああ、セーラームーンもあんなかわいいコスチュームできれいな足を丸出しで戦っていますね(笑)
誰か分析してないでしょうか。
本など探してみたり、アニメ好きの友人と語るのも楽しいかもしれません。
2013.10.12 Saturday

花嫁の憂鬱

 土曜日の夜、いつものように彼女と食事を共にして何気なく弟の結婚を報告した。ワインを飲んでいた彼女はさっと僕に視線を向け「まぁ、それはおめでとう」とあまり感情のこもっていない声で言った。僕はこれは仕方のないことなのだと自分に言い聞かせてビールを飲み干して、なじみの店員と視線を合わせてグラスを軽く持ち上げた。
 以前、僕の弟と彼女と3人で食事をしたことがあるのだが、2人は水と油みたいに性質が違っていて意見を交わし合ったり、お互いを理解しあったりということができないようだった。弟は「2人の時間を邪魔しちゃ悪いし」と笑顔で言ってさっさと食事を終えて帰ってしまったのだが、その後彼女は「すごく変わった弟さんね」と言っていつもよりたくさんワインを飲んで酔っ払った。僕にとって弟はいくぶん変わった性格で扱いにくくはあるが20年以上一緒に過ごしてきて心から嫌いになるような出来事はたぶんなかった。激しく怒鳴りあうように喧嘩をしたこともあったが、翌日にはけろりとして冗談を言い合ったりしたし、お互い働くようになってから二人で飲みに行くことも増えて、いい距離感で付き合っていた。彼女が弟をあまり好きになれないことは少し残念ではあったが、それで彼女の評価が下がるということはなかった。僕だって彼女の妹さん(またお姉さん、お兄さん、弟さん)を好きになれるかわからないし、付き合っているからといって彼女の家族まで好きになる必要はないと思っている。人とは相性というものがある。これは仕方ないことなのだ。

 その店ではいつも70年代から80年代にかけてのハリウッド映画音楽が流れ、彼女と食事をしながら昔の映画についてあれこれ話すのが楽しみだった。磨きこまれた無垢のテーブルに並んだ新鮮な野菜を使ったサラダやステーキに冷たいビールといつまでも飲んでいられる飽きのこない味の赤ワイン、彼女とグラスでワインを注文し続けて会計時に「お2人で2本開けてしまったのでボトル料金でいただいた方がお安いので」と言われたときは耳まで赤くなってしまったがそれくらい居心地がよく料理もおいしい店だった。
 その店で家族の嬉しいニュースを彼女に伝えたことは僕にとってごく自然なことだった。僕と彼女の将来もしっかり考えたいとか裏の意味など一切なかったのだが、彼女を焦らせる結果になってしまったのは申し訳ないと思った。
 彼女は弟の婚約者のことを知りたがり、婚約指輪の値段や結婚式会場、新婚旅行や子どものこともあれこれ聞いてきた。僕は弟の婚約者の子とも何度か会って世間話程度はしており、弟からもいろいろ話は聞いているのでだいたいのことは把握していたが、彼女にそのことを話すのは控えた。さらに焦らせてしまう可能性が高いからだ。
 どうやら彼女は僕の「変わった性格の弟」が先に結婚することが気に入らないようで、本屋に僕を連れて行って結婚情報誌のまわりをうろうろしたり、百貨店のアクセサリー売り場に行きたがったり、部屋の目立つところに海外挙式についてのパンフレットを置いたり、ホテルのブッフェに行ったその日が偶然ブライダル相談会だったこともあった。
 彼女と結婚したくないわけではなかったが、僕は結婚をまったく焦っていなかった。ただそれだけの理由で結婚していなかった。彼女はまだ若いし、出産のリミットなど気にしなくていいし、働くことや遊ぶことも楽しんでいる。彼女にはもっと今を楽しんでほしかったし、僕も結婚前にやっておきたいことがいくつかあった。それは結婚してもできることなのかもしれないが、頭のどこかで「結婚は今ではない」というような確信に近い言葉が響いていた。根拠がないと言われればそれまでなのだが、どうしても結婚したいという気持ちがおきなかった。
 
 彼女は少しずつ落ち着きをなくし、会うと不機嫌だったり、イライラしていたりすることが多くなった。彼女の考える「理想の夫の姿」を押し付け、「結婚」という言葉を使わずに結婚を匂わせた。僕はまったくその気がなかったので気付かぬふりをして華麗にその言葉や態度をスルーした。結婚については以前から話しているので、あえて話すことを避けていたのだ。
 やがて彼女は僕から見てもはっきりわかるようにやつれ、元気をなくしていった。食欲をなくし、酒も飲まなくなり、居心地がいいあの店には僕一人で行くことが多くなった。携帯に電話してもつながらず、何度か部屋を訪ねたが返事がなく、ベランダを見ても明かりがついてなかった。学生の頃に数か月授業を休んで連絡もつかなかった友人がいたが、そうなったらこちらは何もできないことを僕はよく知っていた。自分の中に閉じこもり、悩み、考え、答えを出すしかないのだ。
 弟のことを話さなければ今も彼女と楽しくあの店で食事をしていたのかもしれない。でも、弟の結婚を彼女に話さないわけにはいかなかった。自分の家族の幸せを大切な人に報告せずにはいられないのが普通ではないのか。

 数か月後、彼女から連絡がきて結婚すると言った。弟が入籍する前だった。送られてきた写真の彼女は少し痩せてはいたが満足そうな笑みを湛えて誠実そうな男に寄り添っていた。僕は心臓のあたりがふわりと軽くなるような感覚に襲われたが、それ以上に不思議な解放感でいっぱいになり、例の店で1人でワインを1本頼み、なじみの店員に1杯奢った。
 今度は弟とその嫁さんと3人で飲もう、そう思った。

JUGEMテーマ:自作小説
2013.09.09 Monday

『かわいいこ』

 「私、ほんとうはアイドルを目指しているんです」
 彼女はまっすぐ私の目を見て言い放った。
 個人のエステ店でエステティシャンの勉強をしながら働いているという色白でぽってりとした唇が魅力的な彼女を弟が紹介したいと言ってきたのは先週のことだった。友達の紹介で知り合ったこと(軽い弟のことなので本当は合コンだろう)、付き合って1年になること、弟が大学を卒業して就職して落ちついたら籍を入れたいということなどを2人で照れあいながら報告され、私まで照れてしまったらどんなに気持ち悪い3人になるのだろうと想像しながら肯定とも苦笑ともとれない笑顔をキープするのがやっとだった。
 2杯目のコーヒーを飲みながらなるべくにこやかに、理解ある年の離れた姉としてアイドルを目指していると真剣に話す彼女の話を辛抱強く否定せぬように聞くことでとにかく必死だった。
 「エステティシャンをやっているのは遊ぶお金を稼ぐためなんです。あとアイドルになると水着になることもあるので永久脱毛を安く済ませるためにとりあえずって意味もあるんですけど」
 彼女は最後に絵文字が入りそうな勢いでてへへと言わんばかりに軽く握った手を口元にあてて笑う。私は意味がよくわからない鳥肌が立ちそうになり、微妙に首を振り口元を引き締めて中立的な笑顔を作る。
「いいわね。全身やっているの?」
「いえ、とりあえず足の裏と表だけやってますぅ」
 足の裏と表?脛側とふくらはぎ側ということだろう。まぁ、そういう言い方もしなくはないだろう。
「お店の中で研修とかやるんですけど、その時にやってもらって実質タダなんですよぉ。でも、スタッフの中にワキガの人がいてその人に当たると最悪なんですよね〜。でもその子とってもいい子で、臭いよって言えないんですよねぇ。ワキガの人がエスティシャンってどうなんでしょうねぇ」
 いや、それは責任者が彼女に事実を告げてそこで処置するなり医療機関に行くべきだろと思ったのだが、弟はにやにやしながら「まじかよ、やだね」などとアホなことを言っている。こんなアホな弟とその彼女こそ「まじかよ」だ。
 そろそろ1時間を過ぎるのだがこのショーというか拷問がどれくらい続くのかということを考え始めていた。耐えられてあと20分ほどだろう。すべて受け止めていたら私の脳内は彼女の言葉と思考で汚染されるか、説教を始めるか、発狂してしまう。
 私はとりあえず化粧室に逃げることにした。ちょっとごめんねと席を立って彼女の横を通ってびっくり。足を組んでいるのはいいとして、組んでいるその足先には先ほどは履いていたはずのパンプスが見当たらない。片方の足もパンプスを脱ぎかけている。先ほどからほんのりと柑橘系の匂いが漂っていたのはこれのせいか。足の匂いだと信じたくなかった私は弟かこの女がそういう香水をつけているのだろうと思い込んでいたのだが、この女の足の匂いだったのか!こんな真夏にストッキングをはいて足先まで完全に隠れるパンプスを履いているなんて若いのにきちんとしているなぁと思った自分がバカみたいだ。恋人の姉に会うからと気合を入れて小奇麗な服を着こんできたのは認めてやろうと思うが、話しながらパンプスは脱いでいたのだ。しかもかなり序盤から!

 私は化粧室でゆっくりと手を洗い、パウダールームに移動して念入りに化粧を直した。バックにいつも入っているやわらかなティッシュで額と鼻のいつもより多めのよくわかない油分を軽く取り、化粧直し用のスプレーを顔全体にかけてなじませ、ファンデーションをつけたパフを軽くを滑らせ、健康的な顔色になるチークを頬の高い位置に軽くのせ、よれたアイメイクを綿棒で拭い、目の際の濃いブラウンのシャドウだけ塗り重ね、マスカラも重ねてつけ、落ちていなかったが念のために落ちにくい口紅を薄く塗り直した。まるで彼女に対して見えない武装するように。

「お待たせ」
 私は勤めて明るい声で席に戻って仰天した。彼女はもはや靴すら履いておらず、片方の足を完全に座席の上にのせているのだが、横座りをするように折り畳み巧妙にスカートで隠している。が、足が床についていないのでバレバレだ。私は注意した方がいいのか見ないフリをした方がいいのか迷ったが後者を選んだ。選んだというか呆れて何も言えなかったのだ。
 彼女は寛いだ雰囲気で両肘をつき、グラスにもストローにも手をかけずアイスティーを飲んでいる。若く、かわいらしく、きれいな身なりをしている女の子が片足を座席の上にのせ、両肘をついてアイスティーを飲んで隣ではアホそうな男が愛おしそうにその子を見つめていて、目の前には三十路すぎの「完全武装」した女が座っている。何も知らない人がこの光景を見ていたらどのように感じるのだろう。若い夫婦がベテランになりつつある保険外交員に何か相談しているかのように見えるのだろうか。そうであってほしいと願う。この2人の関係者、または血縁であると決して思われたくない。

「あ、そうだー」
彼女が間の抜けた声を上げた。
「今日、ドンキ行こうよー。またストッキング電線しちゃったんだよねぇ。私、ストッキング履くとだいたいすぐ電線しちゃうんだよね」
彼女はまるで目の前に私がおらず、隣に座る弟と二人でいるかのように会話を進める。そうやってどこでも靴を脱いで椅子に足を上げてしまえば電線しやすいだろうし、安物を買うからすぐ電線するんじゃないの?エステティシャンの割には爪も長すぎなんじゃない?と喉元まで出ていたが冷めたコーヒーと共に飲み込んだ。
 その年齢で百貨店で全身揃えなさいとは言わない。私だってユニクロやZARAなどの衣類は買うが、肌に直接触れるものなどは高級品でなくとも質のよいものを買った方が結局安上がりになる場合もある。そう言えばきっとやっぱ三十路過ぎたらおばさんだなとか弟に言われてしまうのだろう。
 若いというだけで免罪符を持っているような気でいる子たちもいるが、彼らは長寿社会の現代は人生のほとんどをおじさん、おばさん、おじいさん、おばあさんで過ごすことになることをまだ知らない。そして、私はおばさんの中ではまだヒヨッコだということも。
 足を組み替えるとき、私の手入れの行き届いたラボキゴシのパープルのパンプスが足が不在の彼女のビニール素材のような赤いパンプスが当たり、ことりと音を立てて倒れた。彼女はつまらなそうに窓の外を眺めていた。



JUGEMテーマ:自作小説
2013.09.05 Thursday

草間彌生さんについて。

 先日、急遽1泊で軽井沢に行く機会があって慌てて旅行ガイドを買っていろいろ調べたら
大好きな奈良美智や草間彌生の作品が間近で見られる美術館があるというので行ってみた。

奈良さんと言えば私にとってはよしもとばななの『アルゼンチンババア』の表紙である。
都内の美術館に足を運んで原画も見たし、横浜で行われた個展にも行った。
そう、あのいじわるそうな顔をした女の子を見に。
その女の子が横浜の個展ではやわらかい表情になったり、立体になったりでずいぶん印象が変わったが
奈良さんの中の子どもの部分や少女性、無邪気さと残酷さを垣間見たような気がして
とても楽しめたし、なんだか心がすっと軽くなったようだ。
自分なりになぜ奈良さんの作品が好きなのか書こうとしたのだが明確に説明するのがむずかしい。
ただ作品のそばにいるとほっとするのだ。
芸術作品に対してすごいとか美しいとか感動するという言葉を使うのはよく聞くが
私は奈良さんの作品を見てほっとしてしまう。
これ以上説明しようがないのでやめよう・・・。
とにかく奈良さんの絵が好きなのだ。好きなことを説明しようとか理由をつけるのは意味がないのかもしれない。

さて、本題に入ろう。
軽井沢現代美術館はそこまで規模の大きな美術館ではないがアットホームな雰囲気で居心地がよく
入場料を払えばドリンクのサービスがあるのがうれしいし、作品をかなり近くで見られて
人物が入れば写真もOKというのもいい。
奈良美智としてはめずらしい絵や女の子の立体、草間彌生や村上隆の作品まで見られて
ちょっとお得な展示内容だった。
興味がある方は是非行っていただきたい美術館。
なんと原画などが販売もされていたけれど、ちょっと手が出せない金額だったので近くで
じっくり見て「いつか買えますように!」と祈ってその場を後にした。
実現すればいいのだが・・・・・!

実は私は軽井沢で初めて草間彌生の作品を間近で見たのだが、長年なぜか草間さんには
好感を持っていて作品というより彼女自身に少し興味があった。
あの印象的な視線から目が離せないようなそらしたいような不思議な感覚だった。
その理由がはっきりとしたがの軽井沢ニューアートミュージアムでの展示『わたし超スキッ!!』である。

結論を言うと彼女はなんとなく魂的な部分でちょっとだけ私に似ていたのだ。
世界の草間彌生に対して失礼な!と思うかもしれないが、素直にそう思ってしまった。
この展示のパンフレットには『世界を感動させた自己愛』とあるが、私は自己愛というか
自己肯定のようにも感じる。
自分の見える世界を肯定してその中で生きることを自己愛と呼ぶなら正しいのかもしれないが
その辺の知識は浅いので、間違っていたらご指摘いただきたい。
彼女の作品は絵や彫刻などの芸術の範疇を超えた表現力があり、人生や彼女そのものを
作品や映像などに集約しているように感じる。
自己愛だけでそれができるだろうかという疑問が残る。
しかし、草間彌生が偉大で表現のハバが計り知れない表現者であることは疑いようがない。

彼女は幼い頃より幻聴と幻視に悩まされ、それらから逃れるために創作を開始したというが
網をモチーフとして描かれた3枚の絵には圧倒された。
この作品は彼女の心理状態を表しているのではないだろうかと個人的には思う。
あの絵を見ていると胸がもやもやしてくるような妙な不安感を覚えるのだがなぜか不快ではないのだ。
不思議なことに安堵を感じるような気もする。
それは草間さんが精神世界を押し付けるのではなく、ひとつの表現方法として描くことを選び
私が自ら内面をのぞいているような感覚だからなのかもしれない。
そして、私がたまに感じる言いようのない不安感を草間さんの絵を通して客観的に見て、
それは怖いものではないんだよ、ただそこにあるだけなんだよと教えてくれているようにも感じた。

会場には映像の展示もあって草間さんの内面を感じられるような創作風景を中心とした映像は気持ち悪くなるような
心地よくなるような不思議な感覚でしばらく見入ってしまった。
同行者は気持ち悪くて長く見られないと言ってそわそわしていたが、それも間違った反応ではない。
草間さんは水玉のモチーフが有名だが、あれを真剣に見すぎてもやはり気持ちが悪くなることがあろう。
あの現代美術を象徴するかのようなポップな水玉は心地よさと不快さは隣り合わせであるということを
表しているのかもしれないと今ぼんやり思った。

1人の人間を、ものごとを正義か悪か、快か不快かとは簡単に決められないし、決める必要もないのかもしれない。
人もものもただそこにあるのだ。

存在することそのものも作品に含まれているのが草間彌生なのだ。
岡本太郎のように。
草間彌生を正義か悪かなどとのこの世に存在する言葉でカテゴライズすることは無意味であり、
テントウムシやダルメシアンの斑点のようにただそこにあるだけで肯定されるべきだと私は思う。
作品が漂わせる空気にすっぽりとくるまれてしまったのは人生で2度目であったが、あれはすばらしい体験だった。

軽井沢は猛暑の関東と比べたら大変過ごしやすく、現代美術の面白さにさらにのめり込めたし
景色もよく、食べ物もおいしくて大変楽しい時間を過ごせたのでまた是非行きたい。
そろそろ秋の気配も感じてくる頃なのでまた美術館めぐりもしたいものだ。
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